「松山櫨(はぜ)」とは

松山櫨農家益挿絵

久留米市田主丸町(当時竹野郡)亀王村の大庄屋であった竹下武兵衛周直が発見した櫨の品種です。


この品種は、同時代の農学者大蔵永常の大著「農家益」において、7種の銘柄のうち「松山種を最上とする」と賞された程の逸品で、他の品種の数倍の値で取引され、筑後全域に広まりました。


「松山櫨」の「松山」とは現在の田主丸町森部地域を指す場所の名前だと考えられています。

 

活動の主旨

田主丸町では、昭和三十年代頃まで秋になると耳納山(みのうやま)が櫨の紅葉で真っ赤に染まっており、非常に美しかったそうです。残念ながら、時代の変遷と共に次第に櫨の木は切り倒されていき、今では耳納山で櫨の木を見かけることは、ほとんどなくなってしまいました。


松山櫨復活委員会は、松山櫨を故郷である耳納山に復活させるため、櫨全般に関する広報活動や、櫨を使った商品開発をしています。